ジェンドリンという人
少し日にちは過ぎてしまいましたが、
5月1日は、ユージン・ジェンドリンの命日でした。
聞きなれない名前ですよね。
ジェンドリンは、来談者中心療法を提唱したカール・ロジャーズとともに研究を重ねた哲学者・心理療法家で、
「人がどうやって自分の気持ちに気づいていくのか」
を長年探求し続けた人です。
たとえば、こんな経験ありませんか?
誰かに話をしているうちに
「あ、私、本当はこう思ってたんだ」
と、あとから気づくような感覚。
あるいは、うまく言葉にできなくて
「なんか違う気がする……」
と、立ち止まるような瞬間。
私たちは、話す前からちゃんと整理できているわけではなくて、話しながら、少しずつ自分の気持ちがわかっていく。
そういうことって、案外多いんですよね。
ジェンドリンはこうした心の流れを、とても大切にしました。(「体験過程」といいます)
モヤモヤを感じてみたら
たとえば、今日の私。
なんだか胸のあたりが「モヤモヤ」していたんですよね。
「最近忙しかったから、ただ疲れているだけかな」
と、その感覚を流そうとしたんです。
でもふと思い直して、その「モヤモヤ」を静かに感じていたら……
少し経ってから、
「あ、私、今朝夫に言われたあの一言が引っかかっていたんだ」
「分かってもらえない感じがして、がっかりしたんだな…」
そんな気持ちが、ふっと出てきたんです。
もし、「ただの疲れ」と結論づけて流してしまっていたら、この大切な気持ちに出会えなかったかもしれません。
ちゃんと聴くってなんだろう
これって、傾聴の場面でも同じだと思うんですね。
「何か言ってあげなきゃ」
「うまく聴かなきゃ」
と思うと、つい、わかりやすい「整った言葉」だけを追いかけてしまいがちです。
でも、その人が本当に伝えたいことは、
「まだはっきりしない感じ」の中にあることも多いんですよね。
傾聴とは、
「何かをしてあげること」というよりも
その人の中で体験されていること(感情、感じ)を、そのまま大切にする関わりなのかな、と思います。
昨日の命日という節目に
「ちゃんと聴くって、どういうことだろう」
と改めて立ち止まってみました。
急がずに、ただそこにい続けること。
もしかすると、それが一番の聴き方なのかもしれません。




