話さなくてもいられる安心
「相手との関係性が何より大事」
傾聴やカウンセリングを学ぶとき、私たちは何度もこの言葉を耳にします。
たしかに、関係性ができてくると、相手は安心して話してくれるようになります。
少しずつ本音を見せてくれたり、今まで言えなかったことを話してくれたりします。
でも「安心」というのは、それだけではないのかもしれないな、と思うことがあります。
それは、「話さなくてもいられる安心」です。
人はいつでも、自分の気持ちを言葉にできるわけではないんですよね。
何を感じているのかわからない時もあるし、話そうとすると、かえって苦しくなってしまうこともあります。
そんなとき、
「話してください」
「ちゃんと気持ちを出しましょう」
という空気があると、少し緊張しちゃいます。
でも、
「うまく話せなくても大丈夫」
「沈黙になっても大丈夫」
「この人は、何かを話せる私だけではなく、“今ここにいる私”を受け止めてくれている」
そう感じられると、人は少しずつ安心していくのだと思います。
関係性は、二人の間に生まれる
傾聴というと、「相手の話をうまく聴くこと」だと思われることがあります。
けれど本当は、“話してもらうこと”よりも先に、
「この人の前なら、無理をしなくていい」
そう感じられる関係が大切なのかもしれませんね。
そして関係性とは、聴き手が一人で作るものではなく、「二人の間」に生まれていくもの。
話していても、話していなくても、その場に安心が流れている。
傾聴とは、そういう時間を二人で過ごしていくことなのかもしれません。
ここから少し深掘り
この「話さなくてもいられる安心」という感覚は、ロジャーズの考え方とも深くつながっています。
ロジャーズは、人が変化していくためには、「安心して自分でいられる関係」が何より大切だと考えました。
そのため来談者中心療法では、相手を分析したり、変えようとしたりすることよりも、
まず、
「この人は、自分をそのまま受け止めてくれている」
と感じられる関係そのものが大切にされます。
ロジャーズはそれを、「無条件の肯定的関心」と呼びました。
これは「受容」とも言われます。
たくさん話せるときだけではなく、言葉にならない沈黙や、戸惑っている姿も含めて、その人として受け止めていく姿勢です。
「うまく話せなくても、私はここにいていいんだ」
「どんな私であっても大丈夫なんだ」
ロジャーズのいう受容とは、そうした安心感を、二人の間に育てていくことなのかもしれません。




