「何をするか」ではなく「何をしないか」
よく、このような質問を受けるのですが、
「どんなあいづちをしたらいいでしょうか?」
「どんな言い方をすれば共感になりますか?」
あなたも、こんなふうに思ったことはありませんか?
傾聴というと、「何をすればいいのか?」と考えるんですね。
「あいづちを打つ」「言葉をくり返す」など、やるべき“スキル”のようなものがあって、そこに意識が向きやすいんです。私もそうでした。
でも、本当に大切な役割は、むしろ「しないこと」にあるのです。
今回は、聴き手が心がけるべき「しないこと」についてお話しします。
話し手が行っている「内的行為」とは?
結論から言うと、話をしている人が「あること」をしているときに、邪魔をしないということです。
たとえば、こんな場面です。
「うまく言えないんだけど……なんていうか、胸のあたりがもやもやするというか、重い感じがあって……うーん……(沈黙)」
まるで自分の心の中を、実況中継するように話しているときですね。
このとき話し手は、自分の中にあるまだ輪郭のはっきりしない“何か”を感じ取り、それに注意を向けながら、丁寧に言葉を探しています。
この一連のプロセスを「フォーカシング」と呼びます。
フォーカシングとは、
自分の心やカラダの内側で感じる漠然とした感覚——たとえば『もやもや』や『胸が重い感じ』——に静かに耳を傾け、それは一体何を意味しているのか、何を指し示しているのか、言葉やイメージで表現していくことです。
話し手がこのフォーカシングをしているときは邪魔をしないで、そっと見守ることがとても大切なのです。
聴き手が「ついやってしまいがちなこと」
でも、相手が言葉に詰まったり、沈黙したりすると、助け舟を出したくなったり、何か言いたい気持ちも湧いてきますよね。
ただ、その善意が、その人の内的プロセス(フォーカシング)を妨げてしまうことも。
たとえば、
- 「それって、こういうことかな?」と先回りして予想を言う
→ 話し手の内的探求が、他人の推測によって方向づけられてしまいます。 - 「それはこういう意味じゃない?」と勝手に解釈する
→ 話し手が自分の感じていることを自分の言葉で見つける機会を奪います。 - 「それはなぜ?」と原因を探ろうとする
→ 話し手が頭で分析するモードに入ってしまい、感覚から遠ざかります。 - 「で、どうしたいの?」と話を進めようとする
→ 話し手のプロセスを急かすことで、内面に留まる時間が断ち切られます。
どれも日常会話としては普通ですね。
けれど、傾聴の場面では少し注意が必要です。
こうした言葉がけは、相手が自分の心を見つめる動きを止めてしまう可能性があるからです。
相談されたからには、「何か役に立ちたい」「話を整理してあげたい」と思うこともあるでしょう。
その思いはとても優しいものです。
ただ、それが必ずしも良い方向へ向かうとは限りません。
聴き手にできることとは?
では、どうすればよいのでしょうか?
大切なのは、その人の心の動きを邪魔しないで、そっと一緒にいること。
相手の「もやもや」や「重い感じ」を、急いで解決しようとせず、その人のペースを尊重します。
言葉に詰まっても、促さず、ゆっくり待つ。
この「ただ一緒にいる」という温かさが、安心感につながり、その人の心の動きを豊かにします。
答えは自分の中にある
よく「答えは自分の中にある」と言われています。
これは聴く人に導かれて得られるものではなく、その人が自分自身の内側に丁寧に触れていく中で、自然と浮かび上がってくるものです。
例えば、「もやもやした感じ」を丁寧に感じていく中で、「あ、このもやもやって、こういう意味だったんだ!」「本当はこうしたかったんだ!」と気づく瞬間があるかもしれません。
この気づきは、聴き手が「それはこういうことじゃない?」と誘導したからではなく、相手が自分のペースで内面を見つめた結果として生まれてくるんですね。
聴き手の役割は、そういった探求の旅が邪魔されずに行えるよう、「安全な場」と「温かな沈黙」を提供することにあります。
カール・ロジャーズの言葉に学ぶ
傾聴の基礎を築いたカール・ロジャーズは、こんな言葉を残しています。
「成長する方向性はその人自身が知っている。だから力は専門家にあるのではなく、その人にある。」
私たちは、相手の人生の専門家ではありません。
その人の気づきや変化は、その人自身の力によってもたらされるものです。
聴き手は、フォーカシングという内的プロセスの同伴者であればそれで十分なのです。
まとめ:傾聴のやさしい力
傾聴は、相手を導いたり、本音を引き出そうとするのではなく、話し手の心が自由に動ける場をつくること。
自分の内面にじっくり向き合い、「もやもやした感じ」や「何か胸が重い感じ」、そんな曖昧な感じを、自由に探求できる場を提供すること。
それが、聴き手のやさしい貢献です。
傾聴は、スキルをたくさん使うよりも、急かさず、押し付けず、ただそこにいることが大切な瞬間もあります。
話し手と聴き手が一緒に織りなす、温かく豊かな時間。
このシンプルだけれど深い関わりが、その人の気づきや成長をそっと支えます。
今日、誰かの話を聴くとき、ちょっとだけ『急かさない』ことを意識してみませんか?
話し手の心の動きを、そっと見守る。
その小さな一歩が、傾聴の温かな世界を開きます。